アーティスト・トーク

12月26日に開催のアーティストトークでは多くの人が参加してくれました。
皆さんが、アーティストの言葉から受ける不安や疑問点を好奇心へと変える時間になりました。

これこそが「アートの現場」なのかもしれません。

来年は、作品発表、アーティストトークやワークショップをもっともっと展開させたいです。

建築家の渡邉義孝から素敵なドキュメントが届きました。
時間をかいま見ることが出来ます。

渡邉義孝のホームページ
http://homepage3.nifty.com/w_yoshi/index.html

 メモ:渡邉義孝



小野環 アーティストトーク

 本日、小野環展 足下の辺境 のアーティストトークが開催されました。

 たくさんの方々のご参加、ありがとうございました。
 
 様々な方面の方に来て頂き、多彩な顔ぶれでした。











また来年、1月8日(土)には、ワークショップを開催致します。

まちの観察 〜緩やかに消失していくもの〜

美術館近隣でのフィールドワーク。「消失の兆し」の発見へ出かけます。

ご参加される場合、事前の予約が必要となりますので、MOUまでご連絡ください。

14:00〜16:30 参加費無料 定員15名 持参物 デジタルカメラ、ノート、筆記用具

足下の辺境 小野環展  12月24日

  

  それは、いつの間にか失われていた。 少し目をはなした隙に。 事はすでに起こってしまっていて、過ぎてしまった。 時間は流れている。 とりかえしはつかない。



  作者はある日、町を歩いていて、彼にとって印象的で気になる建築物に出会う。 しかし、それからしばらくして同じ場所を通ってみると、以前あったはずの建築物は消え失せ、かわりに素っ気なく新しい建物が建っていた。



  過去のことは忘れ去られ、新しいものはごく自然に受け入れられていく。 しかし、作者は、その出来事をすくいあげる。



  「 knifed sky1  」は、その時の風景が描かれている。中央にある建物のシルエットは現在のそれだが、そのシルエットに切りとられて見えているのが過去の建築物の断片だ。 先に過去の建物を描き、後から現在の風景でそれをふちどったのだ。

   この画面はいったい、過去なのか現在なのか。どちらが描かれていて、どちらが描かれていないのか。 それらは曖昧に混じり合い、見るものを惑わす。 




  作品に多く登場する「植木鉢」もそうだ。 本来、家のまわりに飾られる植木鉢は、私有地と公共の道とを仕切る「境界」だ。 だけど、そうであるはずの植木鉢が、道路にはみ出して置かれているのを、誰でも一度は目にしたことがあるだろう。 私たちはそれを気に留めない。 しかし、作者は違和感を覚える。 溶け合ってぼやけていく境界線。 どこまでが私有地で、どこまでがそうでないのか。 曖昧で判然としない。  そして提示された作品と対面して初めて、私たちは立ち尽くし、妙な感覚を持つ。 




  毎日事は起きている。 例えどんなに些細でとるにたりない事であろうと、それらは空気を震わせ、確実に起こっている。 そして、私たちはほとんどのそれらを見落とし、とりこぼして生活している。 しかし作者はそれを拾う。 それを近くで見つめてみたり、遠くから眺めてみたりしながら、そのことを丁寧に咀嚼する。 そうして飲み込まれたものは、作者の手によって感覚的につくられていく。 



  私たちはそれを受け取るとき、少しの戸惑いと、大きな興味を抱く。  描かれたモチーフ自体は日常であるはずなのに、作者を介する事で、それらはまったく出会ったことのない、異質なものとしてそこにあるからだ。 ピントが合っているようで、実はまったくずれているような、辻褄が合っているようで、まるでそうではないような、つかみどころのない、奇妙な世界が、今ここに広がっている。









                                               尾道白樺美術館スタッフ

小 野 環 展  足 下 の 辺 境

 みなさま、MOUの新しい企画展が、いよいよスタート致しました。

 
 小野 環 展  足 下 の 辺 境 幕開けです。


 今回、展示室に見たことのないモノリスが立ち上がりました。

 
 「正面」と対面です。

 
 当美術館へよくお越しの方も、そうでない方も、一度は必ずそこで立ち止まるはず。


 足を止めて心の準備を。


 さあ、その壁の向こうへ。



 
 



 小 野 環 展  足 下 の 辺 境 
 開 催 日 2010年12月19(日) 〜 2011年1月16日(日)
 開館時間 10:00 〜 18:00 入館無料
 休 館 日 2010年12月21日(火) 22日(水) 31日(金)
     2011年1月1日(土) 2日(日) 3日(月) 11日(火) 12日(水)


 アーティストトーク
 2010年12月26日(日) 14:00 〜 15:00 参加費無料 予約不要
 作家 小 野 環 が自作をめぐって話をします。

 ワークショップ まちの観察 〜 緩やかに消失していくもの 〜
 2011年1月8日(土) 14:00 〜 16:30 参加費無料 定員 15名 要予約
 美術館近辺でのフィールドワーク。スケッチ、写真などで「消失の兆し」を記録する。
 美術館内でそれぞれが発見した状況を報告し、ディスカッションを行う。
 ▷持参物 デジタルカメラ、ノート、筆記用具

 同時開催
 「キツネ作戦」 映像作品を中心とした展覧会
 会 場  光明寺會舘  AIR CAFÉ
 開 館 日 2010年12月19日(日) 25(土) 26(日) 27(月) 28(火) 29(水) 30(木)
      2011年1月8日(土) 9日(日) 15日(土) 16日(日)
 開館時間 10:00 〜 18:00 入場無料
 

In focus 最終日

 『In Focus』の最終日です。

会期中、たくさんの方にお越しいただきました。ありがとうございます。




 11/28 佐藤 隼によるワークショップ 尾道の風景に虹を架ける



 今回の企画展では、尾道大学美術学科を卒業・修了し、現在も制作活動を意欲的に継続している3人の作家の作品をご紹介しました。

美術学科を出た後の活動の一端をみなさんに知って頂ける良い機会になったのではないかと思います。

特に、尾道大学美術学科の学生にとって何かしらのきっかけになっていればと思います。



卒業・修了後も制作活動を続けている作家たちの姿は、学生の目にはどのように映ったのでしょうか。

彼らは『作家』であり、直接本人たちを知らなくても、尾道大学で美術に触れたという共通点を持っています。

そういう人たちの作品が見れて、生の声が聞けたのは絶好のチャンスでした。
 


同じ場所、尾道大学という同じフィルターを通過していったたくさんの人たちのその中の

制作を続けている人たち。

誰でも知っている作家でもなければ、全く接点がない作家というのでもない、リアルな人たち。

大学での日々の制作に、刺激を与えられた展示だったと思います。



 佐藤 隼によるワークショップの様子

11月25日  In Focus

  今回の展示 では、尾道大学美術学科を卒業 修了し、 現在広島を出て各々の制作現場で活動を続ける、山梨 千果子、高松 明日香、佐藤 隼3人の作品をとりあげて紹介しています。 日本画、デザイン、油画と、属していたコースが違うこともあり、展示作品の表情は作家ずつまったく異なりますが、卒業、修了した今も尚作品に向かい、制作に取り組む真摯な姿勢は、展示作品からも一貫して見てとることが出来ます。 その作品たちを、作家たち自身、この展示室でどう見せていくか、考え、感じ、そして楽しみながら展示しました。 ぜひ直接美術館に足を運び、ここでしか出会えない展示空間を体験して下さい。 そして、可能な限り多くの方に、作品ひとつひとつと対峙してほしいと、切に願ってしまう、そんな企画展になっています。

 本展を知ってもらうために、まず主役の3人それぞれの作品を見ていくことにしようと思います。







 デザインの高松 明日香の作品は、ちょっとつめたい。描かれたものにそれ以上の意味は与えられない。そこには作家の感情とか意図とか内面的なものは混じらない。 モチーフは写真や絵画をトリミングしたもの。 写真の内容がただただ描かれている。作品の前に立つと、その物理的な作品との距離とは別の「距離感」を感じる。 ちょっと突き放されて冷たくされたような。 でも、作品はアクリル絵の具と筆で描かれていて、筆跡がある。確かに、ある。 そのことになぜかほっとしてしまう。ほんの少しやさしくされたみたいに。だから、「ちょっと」つめたい。 作品を見ているとその矛盾に惹かれていく。 物語性が見えたり、感情移入してしまうような画面ではないのに、なんかちょっとだけ温度がある。 画面自体はしんと静まりかえっているはずなのに、その1秒後には何かが起こりそう。 この画面の中の時間は一旦切り取られてはいるけれど、完全に切り離されているわけではなくて、少しの間一時停止されてるみたいだ。 「トイレ行くからちょっと一時停止」 戻ってきたらまた続きを再生できるような。 何も暗示していないはずなのに、何かを予感させる。 つめたいのにちょっとだけやさしい。 肌寒い冬の空の下で、あたたかい(ぬるめの)白湯を飲んでいるような気分。 そんなヘンテコな例えをしてしまうくらい、不思議な魅力がある。 






 日本画の山梨 千果子の作品は逆で、意志のないものにさえ命が宿っているように、じんわりとあたたかい空気が漂っている。日本画で使用される岩絵の具のきらきらとした質感も手伝って、独特のぬくもりがある。 「聞こえるよ」という作品には、数えるのが億劫なくらいの数の切り子の風鈴が描かれている。作品自体が大きいから風鈴ひとつは拳よりひとまわり大きいくらい。それらが画面全体に散りばめられている。まるで中央人物に引き寄せられて集まったみたい。風鈴に化けた精霊かしら。それとも言霊? 中央人物はその風鈴のささやきに耳をかたむけているのでしょうか。何が聞こえているんだろう。穏やかな表情を見ると悪いことではなさそうですね。良い知らせかもしれないね。 単に風鈴の音に耳を澄ましているのかもしれないけれど。 作品を見る側はあれこれ勝手に想像します。逆に言えばそうさせる力をこの作品は備えている、とも思うのです。 むしろ、ものすごく冷静な目で現実的な見方をすれば、これだけの数の風鈴に囲まれていたら、耳を澄ますどころか、ふさがなくちゃいけないくらいの騒音だろう。 でもそう感じさせないのがこの絵のすごいところ。「ちりんちりん」と優雅できれいな音色が聞こえてきます。ともすれば夢の中かと錯覚するようなうつくしい音色が。









 ただごとではない。油画の佐藤 隼の作品「一日の時間の収集」を見たときに感じたこと。びっしり何か密集している、膨大な量であるという物質的な迫力。はじめはただただそれに圧倒されて、呆然とする。なんだ、これは。 なんなんだ。 キャプションに近寄ってようやく納得する。 
  
 日々過ぎていく時間を視覚化する為に、1分に1枚を24時間 計1440枚撮り続けた。

 



 タイトルに添えられたこの文章をかみしめながら読んだとき、1日にどれだけの景色を私たちは見てるんだろうと、ぼんやりと、でも結構切実に、思った。 あまりにも膨大すぎてうまく考えられない。だからぼんやりと、思う。1日に見たはずの景色をはっきりとは思い出せないし、無論見えないわけだけど、この作品は、それをじんわりと実感するための手がかりになってくれる。そして少しずつ滲むように、その実感が体内にしみ込んでいく。 1分の間に私たちはこんなにも多くのものに出会っているという、提示されて再確認する当然の事実。そして、まったく同じできごとに出会うことなんて、一生のうちに一度もないんだなということを、またぼんやりと感じて、少しじーんとした。 そんなこと思ったって、出会ったもの、見たはずのもの、片っ端から忘れていくんだという変えられないこと。  いつだったか、誰かが人間の脳は30分前のことさえほとんどきちんとは覚えていられないようにできていると言っていた。私たちのなかの記憶なんてほとんど幻想なのかもしれない。 見たはずの風景。でも、思い出せない無数の景色。 曖昧で、焦れったくて、切なくって、くすぐったい。  この作品の感想です。 







作品から受け取ることは、人それぞれで違います。 こんなこと、言い尽くされてきたことだけど、あらためて言います。
 前述したことは、私一個人の感じたこと。 実際に自分の目で見たら、自分の身を展示室に置いてみたら、 どんなことを感じるのか、是非試してみて下さい。






                                           尾道白樺美術館スタッフ

In Focus 1

2010年11月13日(土)ー 12月5日(日)

開館時間 10:00 -18:00 23日(火)祝日開館 火・水曜休館






 この度尾道大学美術学科教育・研究プロジェクトの特別企画展として「In Focus」を開催致します。「In Focusは尾道大学美術学科を卒業・修了し、今後更なる活躍が期待される若手作家の創作活動に焦点を当て紹介する企画展です。シリーズ第1回目となる本展では、山梨千果子、佐藤隼、高松明日香の作品を紹介します。現在、3作家は広島県外を拠点に活動を展開しています。山梨は旅で出会った事物をモチーフに日本画制作を継続。佐藤は昆虫や移ろう時間をテーマに各地でインスタレーションを展開。高松明日香は風景や画像を独自の視点で切り取る平面作品を制作しています。

 それぞれの領域で意欲的なチャレンジを継続している3作家の作品をどうぞごゆっくりご鑑賞下さい。

尾道大学美術学科教育研究プロジェクト

尾道白樺美術館[尾道大学]

尾道デザイン作品展 ギャラリートーク

本日、10月17日(日)「尾道デザイン作品展」のギャラリートークが開催されました。
尾道大学のデザインコースの学生を中心にたくさんの方に参加して頂きました。





今年は雨天のため10月30日(土)に延期となった「灯りまつり」には、
尾道大学の有志で結成されたグループも参加しています。
「尾道大学ひかりアート研究会」と「西郷寺七福神石彫グループ」です。


灯りまつりの開催場所は全部で26会場あり、
そのうち尾道大学ひかりアート研究会が担当しているのは、
持光寺、海福寺、光明寺、宝土寺、西國寺、JR尾道駅前ベル・ポール広場、
しまなみ交流館前、ゆとりの広場、商業会議所記念館、向島兼吉地区の10会場、
そして、七福神石彫グループは西郷寺を担当しています。


そのうち、光明寺の会場では、灯りまつりに併せてデザインコース2年の山本くんが
独自の作品を展開しています。
光明寺の境内にある、光明寺会館のとなりのちょっとした空き地にその作品はあります。


9日、本場の「灯りまつり」は延期されましたが、山本くんの展示はその日に決行されました。

作品には電気を使っているようで、雨の降っている時から山本くんはひとり、
地中に埋まった電気の配線コードの防水対策に必死に励み、
その甲斐あって、雨のあがった夕方、作品には灯りがともりました。

今まで夜に脚光を浴びることのなかった「幡龍の松」はライトアップされ、
地面に埋まった灯りはいろいろなものの形を借りて地上を照らしていました。
この展示をしている空き地について、
「言ってみればここは”家のお墓”ですからね」と、山本くん。


土地の記憶・物の記憶
 23日(土)は夕方から点灯しています。
 その他、土日を中心に灯りをともします。
 会場は、光明寺の山門をくぐって一つ目の階段を上がり、さらに左手に階段をあがると見えてきます。


たまに、ひとりで作品のメンテナンス作業を頑張っている山本くんの姿を見かけます。
屋外の作品は管理が簡単ではないようです。
そんな山本くんの作品も灯りまつりと併せてお楽しみ頂ければと思います。


                                   白樺スタッフ

尾道デザイン作品展




 案外、尾道は、尾大生のデザインで彩られてるんだなあ。 

 今回の展示を見てまず思ったこと。 もちろん、不意に街の中で出会う、灯りまつりのポスターデザインが学生の手によるものであったり、何気なく手に取った「広報おのみち」の表紙もまた、そうであることを知らなかったわけではない。
 
でも、そんな風に出くわすことなく、知らないところで世に出ている作品たちも数多くあり、しかも、そのどれもが、実際に商品化されていたり、街のなかに設置されていたりと、「尾道」でしっかり活躍しているのだ。 JA三原から販売されているレモン飲料やゼリー、尾道造酢から出ている酢飲料、和菓子「山本屋」の商品等のパッケージデザイン。グリーンヒルホテル、東尾道彫刻公園のロゴデザイン。因島重井町のPRポスター。尾道市役所の封筒のデザイン。 今回の展覧会で出会う作品たちは、「尾道」を題材につくられ、そして、地域の人々のために活用されている。
  
 展示会場では、その実物の作品と一緒にコンセプトボードが展示してある。それらに目を通しながら作品を見ていくと、共通して気付くことがあった。それは、どれも誰かのためにつくられている、ということだ。 デザインなんだから当たり前のことじゃないか、と言われるかもしれないけれど。 作品の向こうにはいつも「誰か」が見える。 その「誰か」に、こう感じ取ってほしい、という想いがつまっている、そんな作品ばかりだ。 そして、それを伝えるために、どの作者も少なくない時間を割いて、しかるべき手順を踏んで丁寧に仕事を進めたことが読み取れる。 「デザイン」っていう響きって漠然と、(勝手に)デジタルとかスタイリッシュとか、なんだかクールなイメージだったけれど、その制作過程を知るとそんなことはなくて、作者の「誰か」に伝えるための試行錯誤の熱は無視できない。 
 見所は他にもある。今回の展示にはいろいろな表現方法を用いた作品があって、単純に飽きない。 粘土細工のかわいらしい模型や、アニメーション、クレイアニメ、映像、実際市場で売られている商品(今回、美術館でも一部販売中!)、ギター等。
 それらは、「尾道」というテーマを与えられて、生き生きとしている。作者それぞれが、そのテーマへの回答を、それぞれのやり方で導き出す。それにしばられたりだとか、固執したりだとかせずに、各々、「尾道」というテーマを咀嚼し、なおかつ楽しんで制作しているように思う。
 [尾道」と[デザイン」、このふたつの関係は割にいいんじゃないだろうか。



                                白樺スタッフ

  
 
 

木のしごと 松本寛治展

白樺美術館の一番大きな展示室に入って、不意をつかれて心を打たれた。
いい展示だなあ、と思った。

松本さんの工房で出番を待っていた作品が喜んでそこにいるようだった。
ひとつひとつの作品の存在感は大きく、とても丁寧で美しいものばかり。
作品が主役の展示。
他に余計なことは何も考えなくてよくて、誰かのにおいもしない、いい展示だ。



また、今回花を使った作品も同時に数点展示している。中さんの作品だ。
松本さんの作品にささやかに心地よく調和している。
展示室全体では、それは大きな大きな存在だ。


作品の展示、いい展示とは。
それは作家がひとりで考えても、上手くいかないことのように思う。
なぜなら、制作しているときは自分自身、意外と冷静でも、
手から作品が放れて、その作品にとってどう展示をするのが一番いいのかを考える時、
少なからず悩みもするし、混乱もする。
どう見せるのが一番いいかを考えるなんて、冷静ではいられなくなる。

そんな中で、そこにもうひとり、別の誰か、展示を客観的に考える誰かが必要で、
その誰かは、作家のこと、作品のことを深く理解しようと努める人間で、
そしてさらに、その人間はいい展示をしたい、と強く思う人間でなければ
作家はその人間を信頼し、その人間は作家を信頼する。
作品の個人的な部分に与らず、作品の一番いい見せ方を探る。

今回の展示では、白樺美術館のディレクターである三上清仁が、
作家の信頼のおけるそのパートナーとして、松本寛治と展示を手がけた。

三上さんはいい展示をすることを考えて、そして作家である松本さんは三上さんを信頼する。
その信頼関係は、いい展示のための必須の条件のように思った。



松本さんの作品は本当にどれもいい作品だと思う。
シンプルで媚びていない。

ひとたび展示室に入るとからだの奥がふわっとあたたかく緩むのを感じる。
松本さんの手間ひまかけられた作品が、私たちに感じさせるあたたかい何かを味わって頂ければと思う。


今回の「木のしごと - 松本寛治展 - 」では、いつもの白樺美術館が色を変え、
みなさまのお越しをお待ちしております。
ぜひ多くの方にお越し頂きたいと思います。


                                   (白樺スタッフ)

アーティストトークのお知らせ
 9 月 11 日 ( 土 ) 15時ー  MOU尾道白樺美術館にて

                                   




木のしごと 松本寛治展 搬入・展示風景



28日(土)からはじまる、『木のしごと 松本寛治展』の搬入・展示を行っています。
続々と松本さんの作品が運ばれてきています。
白樺美術館で、木工作品をメインに展示するのは初めてじゃないでしょうか。
個人的にもとても楽しみな展覧会です。

下の写真のバケツ、気になりますね。
中身は、・・・ただの水です。湿度調整のためです。
最後に尾道に雨が降ったのはいつだったか。
あいかわらず残暑が厳しいですね。
(白樺美術館アシスタント)


木のしごと 松本寛治 

2010年8月28日(土)- 9月27日(月)入館無料
休館日 火・水曜日(祝日会館)10:00 -18:00


木のしごとー松本寛治展

2010年8月28日(土)ー9月27日(月) 休館日 火・水曜日(祝日会館)10:00ー18:00

尾道大学で木工の授業を担当されている、木工作家の松本寛治先生が制作された、ぬくもりある家具たちの展示です。


アーティスト・トーク

2010年9月11日(土)15:00ー  MOU尾道白樺美術館[尾道大学]にて

作品について、ご本人に時間をかけてひとつひとつ、ゆっくりと解説をしていただきます。


小泉幸一さん インタビュー




今回、授業作品展に出品している油画4年の小泉幸一さんにインタビューをしました。 


Q-展示されている作品は、3年生の時の進級制作ですね。「自分のテーマに沿った制作、研究」という課題ですが、小泉さんにとってのテーマは何ですか?

進級制作の前に、夏休みに小さいキャンバスに描いた蝉の絵が自分の中で引っかかったので、それを構図とかもそのまま100号に描いてみました。中学生〜高校生の時は忘れていたけど、子どもの時は虫が好きだったのをあらためて思い出して。だから、与えられたモチーフじなく、自由に描いていいってなったときに、虫を描こうと。生きてる虫というか、虫の形態自体がおもしろい。よく見たら気付く虫のかたちとか、視点によって見え方が違ってくるところとか。描いてみて、初めて気付くのがいい。最初にこういうかんじにしようって決めて描くのが好きじゃないんです。自分ではなにも考えずに描くと、まわりからもいい反応があったりするし。

Q-昆虫という小さいモチーフをものすごく拡大して100号に描いているのに、作品を見るとあまり細部を描写したかったようには見えないというか、全体的にモヤモヤ〜っとした印象ですが、なにか意図があるんですか?

誰が見ても蝉とわかる絵が描きたかったわけじゃなくて、パッと見てなんだかわからないのうなのを描こうと思って、見たときに一瞬ずれる、という感覚を意識しました。蝉であって蝉でないというか。そのために、みんなの視線が集中する画面中央あたりは描きこんで、まわりはおおざっぱに描きました。全体を描きすぎてもうるさいかなとも思って。

Q-卒業制作はどんな作品を描こうと思っていますか?

今は虫以外描きたいものがないので、虫ですね。これときめたらそれに没頭したい。迷ったりする時間が好きじゃないし、途中で変えたりするのも好きじゃないんです。今はまだどの虫を描くかは決めていないので、それはこれから小さい画面に描いてみて決めていこうと思います。でも何枚か同じような構図で描いたりしてると、だいたい1枚目がいいんです。2、3枚目になると気合いが入りすぎちゃって、良くない。ちょっといいかなって思って描き始めたのは駄目になりますね。(苦笑)軽い気持ちで描くのがいいみたいです。気持ちをのせすぎない方がうまくいくというか…

Q-今、絵を描くこと以外に興味のあることってありますか?

スポーツ全般です。見るのも、するのも。

Q-まわりからは小泉さん自身、どんな人だと言われますか?

A型っぽいって言われます。ほんとはBなんですけど。あと、第一印象だと、あまりしゃべらない人だと思われます。制作に関して言うと、集中力を持って淡々と描いている、と言われたりします。

Q-小泉さん自身、それに対してどう思いますか?

きちっとするのが好きだから、そういうところがAっぽいのかなと。自分の中で自由にするのが好きなんです。アトリエの中の自分の領域も、はみ出したりしたくない。(※実際アトリエでの小泉さんのスペースは、無駄が一切無くて、コンパクトにまとまっていました。) あと、仲良くなったらそれなりにしゃべります。

Q-好きな色は?

みどりとか青とか、寒色系です。

Q-好きな食べ物は?

これと言って特にないです。おいしいものがいっぱい食べれたらそれでいい。質より量です。ただ、セロリだけは嫌いで、無理です。匂いとか。

Q-白樺美術館にはどのくらいの頻度で行ってますか?

2ヶ月に1回程度。

Q-どんな展示なら足を運びたいと思いますか?

油画の同じ学年の人のはみたことあるので、コースが違う人の絵はみたいです。


インタビュー後の感想

小泉さんに会う前に、勝手に作品の印象だけで想像していた小泉像は、漠然と暗い人、でしたが、(失礼ですね。)実際会って話してみるとそんなことはなくて、物事を冷静に捉えているけれど、ちゃんと情熱も持って制作に取り組む好青年でした。作品とか制作に関係ない質問にもつきあってくれて、ありがとうございました!

時任美佳さんインタビュー


Curriculum授業作品展出品者、時任美佳(ときとうみか)さんのインタビューを掲載します。
時任さんは、兵庫県出身。現在日本画コースの3年生です。アトリエに伺いインタビューさせていただきました。


Q 今回時任さんが出品されている、建物を描いた作品がありますよね。私はあの絵がとても気になったんです。今日はその絵を中心にお話を伺っていければと考えています。あの絵はどのような課題で描かれたものですか?

時任さん:学部2年の秋のもので、風景を30号の大きさで、というものでした。

Q 描かれているのは、どこか侘しさのある建物ですね。どのようにこのモチーフに決まったんですか?

時任さん:あの建物は私が今住んでいる所の近くにあって、ずっと気になっていたんです。実は描くのはもうちょっと後までとっておこうと思っていたのですが、なかなか他にいい場所が見つからなくて。

Q どういった所が気に入ったのですか?

時任さん:さびれた感じとか、引かれるものがありますね。錆とかも好きなんです。

Q そうなんですか。アトリエにある人物画はまた雰囲気が違いますね。

時任さん:人物は形にばかり目がいってしまって、あんまり・・・(笑)。
色の配置とか、考えるのが好きなんです。色味とか。考えてるときは楽しいですね。

Q なるほど。時任さんの絵を見る上で一つポイントになりそうですね。ちなみに今後はどのような絵に取り組んでいきたいですか?

時任さん:風景にちゃんと取り組んでいきたいです。大きい画面で、大きい空間の風景ですね。風景らしい風景。山とか。山の中に寂れた建物が建ってるっていうのもいいですね。そのものらしさをちゃんと描きたいんです。見ている人がちゃんと分かるような。

では最後に、用意してきた質問をいくつかお聞きします。
Q 好きなものは?

時任さん:秋ですね。涼しいし。秋の落ち葉とか、さびたような感じも好きです。

Q 嫌いなものは?

時任さん:ん〜、たくさんあります(笑)。夏が嫌いです。暑いし。

Q 尾道白樺美術館へはどれくらいの頻度でこられていますか?

時任さん:年に1、2回くらい・・・、すいません(笑)。

Q どのような展示なら見に行きたいですか?

時任さん:絵本の原画展とか、館の雰囲気にあいそうですね。

本日はありがとうございました。

時任さん:ありがとうございました。



インタビューを終えて
時任さんは、明るく素直な方でした。自分の感じていることを率直に語ってくれたように思います。時任さんの人柄が伺えたような気がしました。
今後は風景に取り組んでいきたいとのことでしたが、どのような絵を描くのか、楽しみです。


Curriculum 授業作品展


7月17日(土)−8月15日(日) 休館日 火・水曜日(祝日開館)10:00−18:00
*臨時開館 8月10日(火)
展示作者紹介 尾道大学美術学科 学部1年から4年生
作品点数 151点

日本画・油画・デザインの全コースで行われているカリキュラムで制作された作品を展示。
美術学科の教育全体を概観することができます。



平田玉蘊展 6月30日(水)









 上の4枚の写真は「寒山拾得図(三幅対)」という作品だ。今朝展示室のモップがけをしていて、この3人が妙に気になったので調べてみた。


 寒山(かんざん)、拾得(じっとく)とは唐時代の人物で、寒山は寒巌幽窟に住んでいたため寒山と呼ばれ、拾得は、国清寺の豊干(かぶん)に拾われ、養われたため拾得と言われ、国清寺の行者となる。そして、豊干は2人を悟りに導く。
 2人は国清寺に食事係として出入りするようになり、そこで出た残飯を食べ、乞食のような生活を送り、奇声、罵声を発したり、追いかけてきた寺僧の前で手を打ち鳴らし、大笑いしながらそこを後にするという奇行を見せる。 そんな、脱俗的で狂人じみた2人だが、仏教の哲理には深く通じていたという。



 この話に照らし合わせてみると、中央人物が豊干だろう。(明らかに1人だけ年齢がかけ離れているし、風格が違う。)そして、右にいるのがおそらく寒山だ。寒山は詩人だともいわれている。手に持っているのは自作の詩ではないだろうか。そうなると、左にいるのが拾得という箏になる。なるほど、辻褄も合うし納得できる。



 しかし、この話を知る前に、私自身が勝手に想像した筋書きとは大分違っていた。(当たり前かもしれないけれど。) まず、タイトルにある、寒山・拾得が人名だとは思わなかったし、この3人が人間だとも思わなかった。  だって、両側の2人は、人間にしては容姿が不気味すぎる。それに、よく見ると手の先の爪が異常に鋭い。妖怪だと思った。 中央の老人にしたって、仙人か何かそれに近い存在のような描かれ方だ。だいたい虎の上に腰をおろしているあたり、人間の業を超えている。頭の形もヘンテコだし、彼の頭部のまわりは薄ぼんやりと光っている。
 妖怪と仙人がどういう繋がりで描かれているのかはよくわからなかったけれど、とにかく右側の妖怪(そのときはそう思っていた。)が、なにやら文章が書かれた紙を広げて読んでいて、それをあとの2人が聞いている、というシチュエーションだけは想像できた。しかし、よくわからないだけに、余計じっくり見てしまう。両脇の2人は、見れば見るほど気味が悪い。表情も、一応笑顔だけれど、笑っているというよりは、にやついている、という表現がしっくりくるようなじめっとした笑みだ。唇も妙に赤くて、艶かしい。それに対して中央の老人は、きっと口を結んで、毅然とした表情で、目元もきりりとしたつり目。クールな印象だ。そんな対照的な2人と1人だけど、共通点もある。それは、髪の毛が触ってみたくなるくらいふわっと柔らかなところ。寒山も拾得も、握手とかしたくないし、(爪が痛そう。)基本的に近寄りたくない雰囲気だけど、髪の毛だけはちょっと触れてみたい。シャンプーとリンス、欠かしたことなさそう。いっそいい香りがしそう。豊干の髪の毛も、雛鳥をなでる時みたいに、そっとなでてみたくなるような毛質だ。耳の毛まで描かれている。すごい。風にそよぐそれを見てみたい。こんなにも繊細に描いておきながら、衣服の表現は、それに比べるととてつもなく大胆なものだ。線は荒々しく、太い。 顔を描いているときはきっと、息を潜めて、慎重に筆を運んだことだろう。それに対して、衣服を描くときは、一息に、勢いに任せて筆を滑らせたのではないだろうか。 その、顔周りと衣服のかき分け自体は、水墨人物画の伝統らしく、とくに玉蘊特有の技法ではない。しかし、その伝統をしっかり魅せることが出来るだけの、彼女の技術と才能と感性は、この画面から、時代を超えて現代の私たちに届いている。それは、なんだかとても、感動的な出来事に思う。


 そうやって、ひとりひとりの髪の毛に夢中になってしまうくらい、じいっと観察していると、1人(3枚のうちの1枚の画面)を見ているつもりでも、実は、3人(3枚の画面)を同時に見ていることに気付く。3つの画面は、絶妙なバランスで1つの空間を描きだしているからだ。寒山と拾得のいる画面は、背景がほとんどと言っていいほど描かれていない。それなのに空間に彼らはいる。それは中央の豊干の画面に描かれた背景とか、3人の距離感とか、配置とか、白の入り方とか、いろんな要素が反応し合って、それがそこにあるからだ。 作品の前に対峙すると、私と彼らの間には何の隔たりもないような、自分もその場所で寒山の詩を聞いているような気分にすらなる。実際、寒山の持っている紙に書かれた内容はすごく気になる。 寒山も拾得も、気味の悪い笑顔ではあるけれど、とても楽しそうだし、豊干はこれ以上ないくらい真剣に耳を澄ましている。気になって当然だ。







                                       白樺美術館スタッフ




 







 

平田玉蘊展 6月23日(水)




 


 今、白樺美術館の展示室は、江戸時代に生きた女流画家 ・平田玉蘊の作品で飾られていて、なんだかいつもより厳かな雰囲気だ。。そして、作品をひとつひとつ見ても、その細やかな筆使いに息をのむ。

 特に印象的だったのが【百花百鳥図Ⅰ】【百花百鳥図Ⅱ】だ。画面全体に花が散りばめられて、その中に色鮮やかな鳥が描かれている。その鳥たちの羽の質感は細かに描きわけられていて、それを目で追っているだけでも飽きることがない。鳥だけでなく植物も、丁寧に、そして緻密に描かれている。葉の葉脈や花弁一枚一枚にも手を抜くこと無く仕上げられていて圧倒される。その上、画面を彩る色彩は、きらびやかで、華やか。誰が見ても綺麗とか美しいとゆう感想を持つ、そんな作品だ。しかし、展示されている作品すべてがそうかとゆうと、そうではない。これは悪い意味ではなくて、良い意味で、だ。

 全部の作品を見てみて思ったのが、平田玉蘊とゆう人は、いろんな描き方をする人なんだなあとゆうことだ。それは単純に、描かれた時期とか描かれた内容とかも関係するのかもしれないけれど、それにしても作品それぞれの表情が、ひとりの作家のものとは思えないほどバリエーション豊かに感じた。

 例えば、【不二越龍松林六童図】は、とても奇妙な作品だ。11人の子どもが松の木の下に群がっているのだけれど(潮干狩りをしているらしい)、そもそもこの子ども達が、子どもの風貌からかけ離れているのだ。まず最初に目につくのが、この子達の体つきの気味悪さだ。背丈は確かに子どものそれだが、手足の筋肉のつき方がものすごい。異常に隆々だ。しかも全員。何か理由があって、こうゆう描かれ方になったのかもしれないけれど、それを知らない私にとっては衝撃的な光景だ。そしてみんな、はっきり言ってかわいくない。不細工だ。表情もうまく読み取れない。何を考えているのかわからない。
ひとくちにこう言ってしまうとけなしているようだが、決してそうではない。この11人は、ミステリアスで、なんだか気になる存在なのだ。それに、じいっと観察していると、牛のお尻を後ろから押している子どもは、実はちょっとしんどそうな顔色を浮かべているんだな、とか、右端の方にいるやつは、ほんの少しだけ他の子ども達より男前だな、なんてゆう発見もあって楽しくなってくる。
少し離れて見ても、薄暗い画面の中で子ども達の薄ピンクの肌色が、発光しているように浮かび上がってきて、不思議な存在感を放つ。なんだか目が離せない。

 そして、画面左上のもやもやは何だろう、とか、【不二越龍松林六童図】なのになんで11人なんだろう、とか、そんな事まで気になってくる。でもそれを、知りたくないような、知らずにそのままぼんやり眺めていたくなるような、そんな不思議な作品だ。



平田玉蘊展


6月19日(土) - 7月4日(日) 会期中無休 10:00~18:00

常設室 小林和作

作品数 21点 古鏡8点 入船先生遺品数点



 時は幕末、黒船の来航から3年後の1855年69歳で亡くなった玉蘊。玉の浦の水辺を見つめるように佇む持光寺(西土堂町)に彼女の墓があります。その墓碑には「平田玉蘊」。位牌には戒名の裏に「平田章(あや)」とあります。彼女は、当時女性の慣例であった、誰それの妻、或いは娘いう表記ではありません。一人の女性画家としての生涯を送ったことが、ものを言わぬ墓碑が語ってくれているようです。この「章(あや)」という名の由来を尋ねていくと、そこには人として、女性としてのか弱き一面と、自立した強き女性が画業に専念する・・・その想いの両面が見えてきます。幕末を目前とした時代に生きた玉蘊。その生き様は、当時としては実にまれな・・・画業で生きる自立した女性そのものでした。

 尾道ゆかりの画家、平田玉蘊の顕彰につきましては、昨年亡くなられた故・入船裕二先生(尾道市文化財保護委員参与)が平成6(1994)年から「平田玉蘊忌実行委員会」として、世話人の中心となって活動して来られました。主な活動内容は、毎年命日である6月20日に玉蘊の菩提寺の持光寺で「玉蘊忌法要」を営み、それに合わせ玉蘊作品の紹介や講演会などが催されてきました。入船先生は生前、玉蘊の顕彰が将来滞ってしまうことを危惧し、会の後継を私どもに託してご逝去されました。先生の遺志を継承し、新たなスタートを切るものとして、会の名称を「平田玉蘊顕彰会」と改め、微力ながら玉蘊の偉業を後世に伝えることを目的に発足致しました。

その第1段となります本展覧会「平田玉蘊展―絵を描き成す君よ―」では、未公開の個人コレクションが初の一般公開となります。今まで知られていた花鳥図だけに留まらない玉蘊の幅広い画風をご堪能頂き、今も尾道の人々の中に生き続ける「平田玉蘊」の存在を知っていただければ幸いです。
  
                



                      平成22年 6月19日
                           平田玉蘊顕彰会  会長 寺岡昭治

齊藤あいさん インタビュー  

5月26日、油画コース院1年生の齊藤あいさんにインタビューしたので、その様子を更新します。

Q  今回の展覧会「はじまりのかたち」ということですが、齊藤さんの中で素描/デッサン/ドローイングとはどんなものですか?

齊藤さん:準備運動です。

Q 今回展示されている雲のドローイングについて教えてください。

齊藤さん:あのドローイングは100号の油彩画のために描いたものです。モヤモヤしたのが描きたくて。自分の中でモヤモヤしたもの=雲というイメージだったので、とりあえずいっぱい描いてみました。毎日2、3枚のペースで、ちょうど梅雨の時期でした。

Q 油画コース選択の理由は?

齊藤さん:もっと油絵をしたかったから。あと、他の日本画やデザインに比べて、油画は思いついたらすぐに描けるところが魅力的だったので。

Q 最近ドローイングしたいものは?

齊藤さん:窓の反射とか、ネットの向こう側の景色。

Q 興味があることを教えてください。

齊藤さん:旅行がしたい。行き先は特に決めてないけど、とにかく遠くにいきたい。

Q どんな展示なら白樺美術館に行きたいと思いますか?

齊藤さん:今までの展示で言うと三井田先生の展示が印象的でした。

杉井将也くん インタビュー

5月25日、坂本さんのインタビューの後にもうひとり、日本画コース3年、杉井将也くんにもインタビューをしてきました。その模様もご紹介します。

Q:今回の展覧会『はじまりのかたち』ということですが、杉井くんの中で、素描/デッサン/ドローイングとはどんなものですか?

杉井君 :〈素描〉は絵じゃないです。〈素描〉と〈デッサン〉はイコールじゃないけどそれに近いもので、説明する、みたいなものです。〈ドローイング〉は自分の内面的なものを表現する、とか、いきなりイメージを出して色をつけていくみたいな。難しいというイメージがあります。ちなみに前、ニケを描いたんですけど、それは僕にとっては〈ドローイング〉でした。

Q:今回白樺美術館に展示してある、人体デッサンについて。

杉井君 : あれは、〈デッサン〉です。ひたすら手を動かして、感情を込めず、見たものをそのまま描きました。画面の中で構図を考えて、何も考えず、見たものを緻密に説明しました。

Q:日本画コースを選んだ理由は?

杉井君 : 僕はパソコンが無理なのでデザインコースは選びませんでした。油画は油絵具が乾きが遅いのがちょっと。日本画は高校の時からやっていたし、大学で新しい技術が学べると思ったので日本画コースにしました。それに模写が好きなんです。

Q:杉井君の趣味、興味のあることはなんですか?

杉井君 : 動物とか虫を眺めることです。水族館に行くのが好きで、過去に月10回くらい行ってた時があるくらいです。ジンベイザメとか好きですね。見てて、どうしてこんなに気持ちわるいのかって思って、描きたいと思うんですね。あと、かなり個人的な趣味ですが、音感ゲームが好きです。


Q:最後に白樺美術館についてですが、どのくらいの頻度で行きますか?

杉井君 : 年に2回くらい。

Q:かなり、少ないですね。杉井君なら、こういう展示なら行く、というのがあれば教えてください。

杉井君 : 教員展は行きたいです。ちょっと前に、なかた美術館でやってた、奥山先生の展覧会はすごくよかたです。教員の作品って普段みられないから興味はあります。
白樺美術館は、場所が少し分かりにくくて、前行った時は通り過ぎて見つけられなかったことがあります。看板があるといいなと思います。


杉井君のアトリエの制作スペースの写真です。この日の杉井君はニケを描いていました。