
親指ほどの小さな紙に、よく見てみればそこには、絵が描かれていた。
「どうしてこんな小さな紙に?」
こんなにも小さい画面なのだから、なにか必ず意図があるのだろう、そう思って訊ねてみたのだ。
すると海老氏は、何でもないというふうに、少し笑ってこう答えた。
「その時そこに、それしかなかったから。」
このセリフは、妙に私を納得させた。 それは、作品と呼応したものが、そこにあったから。
おおらかで、気ままで、奔放。
作品たちは、観ているこちらまで、そんな心持ちにしてくれる。
例えば、「トナリノタ」。
作品の画面中央に、犬がいる。ソリに乗って、水面をすべっている。 とても姿勢よく立って、きもち良さそう。
そんな犬を見ているうちに、画面がゆらめいているような感じがしてくる。
ゆ ら ゆ ら ゆ ら ゆ ら ゆ ら ゆ ら ゆ ら ゆ ら
あちらの世界にも、時は流れているみたい。 こちらよりも少しだけ緩やかに。
そして犬はいつまでも、ゆるゆるゆるゆる、ゆらゆらゆらゆら、水面をソリですべり続けて、隣の田の穂も、ゆるゆるゆるゆる、ゆらゆらゆらゆら、風に泳ぎ続ける。
そんなふうに眺めているうちに、からだの芯が、ほろほろと、甘く、ほどけていく。
作品の穏やかさは、いつの間にか呼吸の度に、空気と一緒に取り込まれて、からだの中を満たしていった。
素朴で、やさしくて、あたたかくて、ほの甘い。
オブラートに包まれた、やわらかな飴のことを思い出す。
口に含んで、しばらくした後、ようやく届くあの甘さ。 まあるくて、ほっ として、じんわり広がる。
「なんだか似ているなあ。」
ぼんやり思いながら、この、おおらかで、あたたかな何かを、じっくりと味わう。
mou尾道白樺美術館[尾道大学]スタッフ